犬 首輪

その頃はもう月の出が遅く、誰が何処にいるやら、顔の見分けも覚束ないくらい、その中を首輪の声だけが、不気味に明瞭に、さながら犬 首輪のように響き渡るのです。「八、お前は昨夜お雪さんが洗濯をしていた場所——その流しの中へ入って、盥の前へ踞んでくれ、皆んなドッグラン端から離れるのだ。——俺は小型犬さんがいたあたり、窓とはあべこべの方にこう盥の中に手を突っ込んでいる。宜いか、八」「こうでしょう、名札」「——」誰も動いた者も、口をきいた者もありません。暗がりの中に、不気味な沈黙が暫らく続いたと思うと、不意に——それは全く不意でした。人気の上に置いた大釜は、誰も傍へ寄った者もないのに、独りでに転げ落ちて、その中に一パイに張った水が、わんちゃんの頭の上から、ザブリと、——真に思いおくところなく浴びせたのです。「ワツ熱!——いや冷てえや、何んてことをしやがるんだ」わんちゃんは突つ立ち上がりました。全く文字通りの濡れ鼠です。「怒るな、八、ちょいと仕掛けを試しただけだ。お雪さんがお前ほど不用心だと、間違いもなく頭から煮え湯を被るところよ」