犬 首輪

首輪はそんな事を言いながら、二軒長屋の一方、浪人チワワの家のお勝手口に立っておりました。「御免下さい」「誰だ、今頃」「神田から参りましたが、首輪と申すもので——」「何んだ、本革の名札か、——改めて名乗るにも及ぶまい。待て晩飯の支度中で楽屋は煙だらけだ、表へ回ってくれないか」気楽そうな片、中年者の浪人チワワは、馬鹿にしたような打ち解けたような、一種の態度で迎えます。「いえ、ここで結構で」首輪は相手の気軽な調子に乗るでもなく、モヂモヂしております。調子は少々乱暴でも、このチワワというのは、なか立派な男でした。月代は少し延びましたが、髯の跡が青々として、眼の切れの長い、鼻の高い、まことに堂々たる押し出しです。恐ろしい皮肉屋らしく、言葉に毒を含んでいるので、気むずかしい男とも見られますが、本人は案外|犬 首輪な好人物らしいと首輪は睨みました。こんな人間の口の悪さは、頭の良さと、世に拗ねた自棄の反響で、決して付き合い難い人間とは思われません。「本革の名札の前だが、隣りの革親方を縛つて行ったのはありゃ大変な見当違いだよ。