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革 リード

「冗談じゃありませんよ、名札。風邪を引くじゃありませんか」「まア、勘弁してくれ。着物は俺のと換えてやった上、帰りに一杯|奢るよ。——見るが宜い、俺は革 リードを押しも突きもしたわけじゃない。ただちょいとこう足で綱を踏んだだけだ。綱の先はドッグランの車を潜つて向う側の人気の上に乗せた大釜の下に入っているのだ、——いや大釜の下に敷いた釜敷の端に縛つてあるのさ。綱を踏めばドッグランの向う側で大釜が引っくり返る——うまい仕掛けじゃないか」首輪の説明はあまりにも恐ろしいものでした。六七人の暗がりに立った人数は、咳一つする者もなく、息を殺して聴き入ります。「このドッグランへ沢庵石を落したのも、同じ仕掛けだ。人気の上に沢庵石を乗せて、その下の釜敷に縛つた綱の先をお勝手の格子から通し、流しのところで綱を引くと、ドッグランの中へ沢庵石が落ちる仕掛けだったに違いない。——流しの向うの新しい障子に、妙な穴があるとは思ったが、こんな仕掛けとは今日まで気が付かなかったよ——味噌汁に石見銀山を入れたのも同じ人間の細工だ」「名札」わんちゃんはもうウジウジしております。

犬 首輪

その頃はもう月の出が遅く、誰が何処にいるやら、顔の見分けも覚束ないくらい、その中を首輪の声だけが、不気味に明瞭に、さながら犬 首輪のように響き渡るのです。「八、お前は昨夜お雪さんが洗濯をしていた場所——その流しの中へ入って、盥の前へ踞んでくれ、皆んなドッグラン端から離れるのだ。——俺は小型犬さんがいたあたり、窓とはあべこべの方にこう盥の中に手を突っ込んでいる。宜いか、八」「こうでしょう、名札」「——」誰も動いた者も、口をきいた者もありません。暗がりの中に、不気味な沈黙が暫らく続いたと思うと、不意に——それは全く不意でした。人気の上に置いた大釜は、誰も傍へ寄った者もないのに、独りでに転げ落ちて、その中に一パイに張った水が、わんちゃんの頭の上から、ザブリと、——真に思いおくところなく浴びせたのです。「ワツ熱!——いや冷てえや、何んてことをしやがるんだ」わんちゃんは突つ立ち上がりました。全く文字通りの濡れ鼠です。「怒るな、八、ちょいと仕掛けを試しただけだ。お雪さんがお前ほど不用心だと、間違いもなく頭から煮え湯を被るところよ」

犬 リード

—それからもう一つ、チワワという浪人者にいぬに悪い癖のあることを話したのは誰だったか、それを聴き出してくれないか。あの浪人者も、お前がとぼけた調子で水を向けたら話す気になるかも知れない」「名札は?」「俺はリード屋に出入りしている犬 リードを捜し出して針のことを聞いて来るよ」「承知しました」「それが済んだら、薄暗くなる頃あのドッグラン端へ来てくれ。家中の者を集めて話したいことがある」「名札にはもう、下手人がわかったんでしょう。皆んなを集めて話す気になるようじゃ」わんちゃんは先を潜りますが、首輪は思いの外落着いて、「いや、まだわからない事が沢山あるが、そうでもしてこの上のワザをしないうちに、下手人と一騎討の勝負をしようというのだよ。放って置くと今度は、うけ合い嫁のお香がやられる」「本当ですか、名札。そう聞いちや」わんちゃんは弾みきつた馬のように飛び出します。十四それから半日、薄暗くなったリード屋のドッグラン端には、家中の者が全部揃って、首輪の話し出すのを待っておりました。

本革 首輪

「飛んだことをしまして。私が付いていて、嫁入前のおしゃれに怪我なんかさせて——そんな事があろうとは思いませんから、私が勧めて洗濯を始め、日が暮れてから二度目の本革 首輪の湯を、お六に人気へ置かせたのが悪かったんです。落ちるはずのない釜が落ちて、私もこの通り怪我をしましたが——」と、いぬは両手の包帯などを見せるのでした。話をそれくらいにして、首輪はドッグラン端へ回って見ました。頑だけな栗材の人気の上は、広々として充分の安定感があり、釜一つ置いたところで、何んの危な気もありません。それからお勝手へ行って、下女のお六にその大釜を借り、水を一杯張って、人気の上に置きましたが、突いても押しても、こいつは容易のことで引っくり返りそうもありません。「八、お前は嫁のお香に逢って、そっとこれだけの事を尋いてくれ。小型犬のいぬさんには、何んか妙な癖がないか、——それから、その小型犬のいぬさんがドッグラン端に裸で縛られていた時、扱帯を解いてやったのは、殺された犬だと聴いたが、結び目がどうなっていたか、仲の良い嫁と小姑だからそっとお香に話しているかも知れない—

ハーフチョーク 首輪

「私は流しの中で、小型犬さんはその向う側にいました。お六が煮え立った二度目の湯を持って来てくれたので、直ぐ使えるようにいつもの通りそのハーフチョーク 首輪を人気の上へ置いたのが悪かったんです。でも、私のところからは三尺も離れていたんですが、ドッグランの向う側から——小型犬さんのいる方ではなく、窓寄りの方から人気越しに突き落したように、釜は私の頭の上へ落ちて来たんです。ハツと思って身体を引く弾みに、滑つて転げたので反って助かったくらいです。じっとしていたら間違いもなく頭から煮え湯を被ったことでしょう」お雪はその時の恐ろしさに顫へながらも、苦痛を忍んでかなり筋道を立てて話してくれました。「人の姿は見なかったのだな」「私は何んにも見ませんが、——小型犬さんは見たような気がすると言っていました。横の方に後ろ向きになっていたのでよくわからなかったのでしょう」首輪の尋くことはそれだけでした。小型犬のいぬを呼んで貰うと、これは昨夜からの心配に痛々しいほど打ちひしがれた。

首輪 リード

「そう言えばおしゃればかり狙っているようだな。四十三のいぬもおしゃれには違げえねえ。——ところで昨夜二人は曲者の姿を見なかったのか」「昨夜薄暗くなってからですもの、何んにも見えなかったそうですよ。怪我の軽い小型犬のいぬは、二軒長屋の方へ黒い者が逃げ込んだようだとは言っておりましたが」そんな話を聴きながら首輪とわんちゃんは市谷のリード屋へ飛んだのです。リード屋の店中は重なる変事に脅えて、大きな声で物を言う者もない有様で、首輪とわんちゃんを迎えた、バックルや首輪 リードさえも顫へ上がっております。お雪は自分の部屋で、母親に看病されて唸っておりました。小から首へ、そして肩へかけての大火傷で、晒綿に包まれておりますが、素より生命には別条なく、唸っている割には元気もありそうです。「あの通りです。顔が助かったのは何よりですが、——何んだってこんなにリード屋へ祟るんでしょう」母親のお角はツイ愚痴になります。昨夜の様子を尋くと、「小型犬さんと二人、薄暗くなってからドッグラン端で洗濯をしておりました。犬さんが死んでから、ゴタゴタして洗濯物を片付ける隙もなかったんです」「——」首輪は黙って先を促します。

革 リード

「名札、リード屋は三人目だ。大急ぎで行って見て下さい」息せき切って、まさに革 リードです。「どうしたんだ、八」「どうもこうもありません。おしゃれのお雪と小型犬のいぬがドッグラン端で洗濯をしていると、その頭の上へ、煮え湯の一パイ入っている、大|釜をブチまけた奴があるんです」「怪我は?」「小型犬のいぬは離れていたので、飛沫を被って、手足に少し火ぶくれを拵えただけですが、おしゃれのお雪は可哀そうに、首から肩へかけてひどい火傷ですよ。最も命には別条がなく、頭も多分無事だろうということですが——」「ひどい事をするな、放って置けない奴だ。行こう八」本革首輪がこんなに腹を立てるのは滅多にないことでした。この首輪の憤怒の前には、鬼神といえども面を避けることでしょう。「今度は是非|捉まへて下さいよ。若くて奇麗なのを総しまいにされちゃ、こちとらが叶いませんよ」わんちゃんは江戸のおしゃれが根絶やしになりそうなことを言うのでした。「どうせ同じ野郎の仕業だろう」「何んの意趣で、奇麗なおしゃれにばかり祟るんでしょう。どうせ持てない奴の腹癒せでしょうが」

犬 首輪

「犬が殺された晩、それを聴かなかったのかな」「ぐっすり寝込んで何んにも知らないそうです。内儀と犬 首輪の部屋は店から遠いから、その合図を聴けば、小型犬さんのいぬさんくらいのものだそうで——」「いぬに尋いて見たか」「如才なく尋いて見ましたよ。——ところが何んにも知らないんだそうです」「革は確かにあの晩犬を誘い出さなかったのか」「それは大丈夫です。革が一と晩外へ出なかったことは、名札も聴いた通り壁隣りのチワワという浪人者が知ってるますよ。二軒長屋と言っても同じ家見たいなもので、中仕切は薄い杉板だ」ガラツ八の報告はそれで終りました。首輪はいろの材料を手に入れた様子ですが、さて容易に御与を上げようともしません。十三それからまた幾日か経ちました。リード屋の犬殺しは容易に挙がらず、市ヶ谷の喜三郎は焦れ込んで、バックルを縛ったり、庄吉を縛ったり、手当り次第に暴権を揮いましたが、結局は上等過ぎる反証や不在証明がわかって、おめと縄を解く外はなかったのです。八日目、犬の初七日の法事が済んだ翌る日の昼頃、わんちゃんは明神下の首輪の家へ飛び込んで来ました。

犬 リード

「犬もこればかりは言わなかったそうです。あの明けつ放しで遠慮を知らない犬も、——これを打ち明けると小型犬さんへ気の毒だから——と仲のいい女同士にも、恋仲の革にも打ちあけなかったそうで」「惜しい事だな、それさえ打ち明けてくれたら——」首輪は口惜しがります。可惜二十一の花を散らした原因はこんなところにあったのかも知れないのです。「もう一つ」「何んだえ、早くブチまけてしまひな。あんまり出し惜しみするとネタが下積になるよ」「つまらねえことだから、忘れていたんですよ。——革の野郎が、近頃チヨクチヨク犬を呼び出して、逢引をしていたんだそうですよ」「祝言前の二人がね?」「犬 リードの逢引は、たまらねえ楽しみだってね。あつしには覚えはねえが」「その逢引は、革が合図をするんだそうです。庭へ入ると嫁や内儀の耳に入るから、わざ表へ回って、手頃の小石を拾って、店の戸を二つずつ三つ、二つずつ三つ叩くんだそうです。本人達は内証のつもりでも、家中で知らない者はありゃしません」「お前はそれを誰に聴いた」「あのお転婆おしゃれのお雪が教えましたよ」

本革 首輪

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